2012年 11月 17日
感想_その夜の侍
b0130850_140877.gif孤独と孤独を擦り合せて。『その夜の侍』11月17日公開。町工場を営む健一の妻が、トラックのひき逃げで殺された。それから5年、健一はいまだ妻の影を追い、そして出所してきた犯人の木島を追いかける。木島のもとには「お前を殺して俺は死ぬ。決行まであと○日」という脅迫文が日々届いていた。健一の義理の兄にあたる青木は、そんな健一を心配するが、健一の心は閉ざされたまま。一方、木島は出所した今も横暴な振る舞いを繰り返していた。そして、犯行の予告日がやってくる。その日は、健一の妻の命日だった。
映画『その夜の侍』公式サイト

これは…かなり上級者向けの映画でした。設定は簡単で、最愛の妻を殺した犯人への復讐譚。だけど、簡単な結末に向かうことなく、じわりじわりと登場人物の内面をあぶり出して行く。それも、わかりやすいこの人はこうです。こういう心理を抱えています。という説明ではなく、あくまで秘められた感情やそれが今ある環境を、観客が感じ取って行くタイプの描写。最後まで、これという結論や回答は与えられないまま幕を閉じる。果たしてこの物語が言いたかったことは、なんだったのだろうか。そんな問いかけが最後まで残るんじゃないだろうか。

でも、それを反芻していくと、じわりじわりとわきあがるものが様々にある。この映画、ひき逃げ事件を発端にしていながら、それを罰するという流れになっていない。あくまでひとつの悲劇から浮かび上がる個々の感情の変化や関係性の発露。しかもどちらかというと主演ふたり以外のところから浮き彫りになってくんだよね。青木は義理の弟のためにどうしてそこまで世話を焼くのか。決してコミュニケーションがうまくいっているようには見えないのに、それは亡き妹の無念を晴らすためなんかではない。おそらく健一という人柄がそうさせているんだろう。人は、誰かが孤独に絡めとられてしまうのを見て見ぬ振りはできないのかもしれない。青木が連れてきた川村もそうかもしれない。決して健一に好意を持ったわけではないだろう。それでも青木の熱意と、健一の姿にほだされる何かがあったに違いない。結果的に彼女の発した「他愛のない話がしたい」というひとことが、健一にきっかけを与えることになる。それが、人間がひとりじゃない理由だろう。人は、思いも寄らないところで、思いも寄らないふうに救われるということが、確かにあるのだ。

木島に救われた人間も、信じられないことに、確かにいる。いた。警備員の関も、つるんでいた小林も、ボコられた星もそう。みな木島の野蛮な凶暴性の被害者でありながら、それでも彼の近くにどういうわけかいてしまう。孤独な者同志でしかつながれない何かがそこにあるとでも言うかのように。なにも生み出さない関係なのに、それでもつながってしまう苦しさ。彼らは無意識に依存し合い、結果、救われているんだと思う。ホテトル嬢の孤独も、カラオケを歌わないスナックの老人も、詩集を売る老人も、どこか似ている。

人はみんな生まれついて孤独だ。それでもなんとか繋がって生きている。そうでもしないと、とてもじゃないけど耐えられないから。だからこそ、他愛ない話が必要なんだ。大げさなことではなく、ラーメンを食べに行く話や、黄色いソファを買う話や、そういうことが。それは何の生産性もないかもしれないけど、だけどいちばん大事な対話を生んでいる。それをなくしてしまったら、人と人は多分つながっていられない。意味や理由だけで、世の中ができているわけではないんだ。

健一はプリンを食べなかった。そこに意味があるわけでもないだろうし、明日は食べてしまうのかもしれない。大事なことは、それを誰かに話せるかどうかだ。もう、留守電のテープはない。復讐という刃すら失った彼を受け止めるのは久保か、青木か、川村か、他愛のない話が、彼の周りにひとつでも多く生まれますように。
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by april_cinema | 2012-11-17 00:00 | All-Star


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