2015年 11月 14日
感想_恋人たち
b0130850_22391991.jpg生きていかねば。『恋人たち』11月14日公開。3年前に妻を通り魔に殺された篠塚は、今もやり場のない思いを抱えたまま。一時仕事ができなくなったこともあり、保険料の支払いも滞るほど。しかも、犯人に責任能力がなかったという最悪の判決まで出て、訴訟を起こすこともままならない。死ぬことも、殺すこともできず、篠塚は鬱々とした思いだけを飲み込みながら生きていた。平凡な主婦の瞳子も、同性愛者の弁護士の四ノ宮も、また同じように。
映画『恋人たち』公式サイト | 2015年11月14日(土)公開

橋口亮輔監督待望の新作は、その期待に応える傑作でした。重厚さは伴いながら、それでも生きる理由を示してくれ、いくばくかのユーモアも込められていて。冒頭の篠塚の独白シーンひとつで、この映画の本質が映し出されていた気がしたよ。完全なるリアリティっていうのかな。演技とはとても思えない、生きてる人そのまんまの台詞回し。もうこれでこの映画の世界を完全に構築してたと思ったわ。実際そのトーンは最後まで変わらず、すべての端役にまでちゃんと命が宿ってました。これはフィクションかもしれないけど、リアルそのものだって。だから、140分の長尺を感じさせなかったです。

篠塚の感じる通り、世間はくだらないことばかりだし、どうでもいいことで騒ぎ、おまけにバカばっかりだ。そんな世界で生きる意味がどこにあるんだ。一体なんなんだこれは。そんな気持ち、誰もがどこかで抱えている。どれだけ幸せに暮らしていても、時々その落とし穴は待っている。これは一体何になるんだろう。私はなんのためにここにいるんだろう。篠塚はその一番深い穴に落ちた。彼は何一つ悪くなかったのに。平凡な主婦も、同性愛の弁護士も、それぞれに大きかったり小さかったりする穴にハマる。僕たちのそばに、それはある。

それでも、だけど、僕たちは生きなくちゃいけないんだ。どんな苦しみや幸せが待っていても、そこで立ち止まる事はできなくて。理由なんてないし、意味だってなくていい。夢も別にいらない。ただ、生きなくてはいけない。それだけなのだ。それ以上でも以下でもないんだ。絶望でもないし、陳腐な希望でもない。でも、生きていれば、どこかで何かとつながることができるのも、それもまた本当のことなんだ。お腹いっぱい食べて、誰かと話して、少し笑えたら。篠塚にだって、テレビを観に来いと言ってくれる人がいた。先輩は、腕をなくして、きっと篠塚と同じ穴に落ちていただろうけど、今はこんなにも笑っている。あの東北から流れてきたという男は、震災によって土地を追われたんじゃないかと思う。怪しい準ミスにも何かがあったんだろう。そんな人生は、ぜんぜん楽じゃないけど、でも生きて誰かとつながることって悪くないって思わせてくれました。力強く。とても。

瞳子がふとおしゃれを始めるシーン。明るい音楽と合わせて、突然「ああ、生きないと」って思いまし。僕自身ここのところちょっとリズムが悪くてややふさぎ気味だったのだけど、このシーンで漠然と「頑張って生きないと」って思わされました。なんならちょっと涙ぐみそうなくらいに。そんなシーンじゃなかったかもしれないけど、でもなんかほのかな希望を見たんだよね。結局は彼女もどこに行けたわけじゃない。篠塚も救われたわけではない。四ノ宮だって。でも不思議と、救われたような気がしたんだよな。この感覚は、『その夜の侍』と似た感覚だったな。思いもよらないところで、人は救われる。

篠塚の職場、東京のいくつもの橋のチェックというのは、今の東京のメタファーだったんだろう。50年前に作られたいろいろなものにガタがきて、世の中のいろんなものが崩れかけてしまっている。もちろん、見かけはひび割れてても、中身はしっかりしているものもある。見上げれば高速道路に阻まれて、空は少ししか見えない。少しだけど、でも青空が見えて気持ちが晴れることもある。これこそ今の東京を象徴した絵だったんだろう。ラスト、空を見上げた篠塚の清々しさに、また、少し救われた気がしました。

この話をして『恋人たち』と名付けるセンス。僕は特定の恋人を指しているというよりは、すぐそばにいる"恋しい人たち"というニュアンスな印象を受けました。今年を代表する邦画ですね、間違い無く。
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by april_cinema | 2015-11-14 00:00 | MVP


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