2011年 04月 29日
その命は、明日を見るためのもの。『八日目の蟬』4月29日公開。希和子の罪は、生後6ヶ月の赤ちゃんを誘拐し、自分の子として4年間育てたこと。希和子は、不倫相手の子を宿したが中絶。子供の生めない体になった彼女は、ほんの出来心から不倫相手の娘をさらってしまう。逃げ続ける日々に安息はなかったが、ただただ母として、娘と暮らす日々が続くことを願っていた。時は流れ、実の親の元に戻ったその子供は大人の女性になり、身ごもる。結ばれることのない相手の子供を。 2011年4月29日(金・祝)公開!映画『八日目の蟬』オフィシャルサイト 角田光代のヒット小説が、NHKのドラマ化に続いて映画化。女に生まれたものの性、それは母性。そして不思議な運命の中で、それでも生きる意味。命をつなぐ意味を問いかけてくる。原作まだ序盤までしか読んでいない段階で拝見しましたよ。なかなかよござんしたよ。 2時間半の尺はちょっと長かったけれど、決して退屈させる作りではない。おそらく原作の多くの箇所を端折りながら、でも希和子と薫の感情はずいぶんちゃんと織り込めてたと思う。エンジェルホームでの「女とはなにか」という問いかけは実に興味深いね。男のオレに答えは求むべくもないけど、肉体以外でいったいなにが女を女たらしめるのか。それは、母になれるかどうかだ。生物学的な意味ではなく、精神的に。魂のレヴェルで。その意味で、希和子は、子供を産めない体になりながらも、母であった。つまり彼女はある意味においては女性と定義づけられなくなったかもしれないけど、それでも絶対的に女であったってことだよね。そして薫もまた女としての命を受け継いでいくという。まあ、これは原作の中のテーマであって、映画的カタルシスを持って描かれてたかというとやや微妙かもしれないけれど。 それよりも印象深かったのは、小豆島の美しいさまざまな風景。お遍路、伝統芸能、地場産業、瀬戸内の多島美、棚田、そしてクライマックスのひとつとなった虫よけの美しい炎。私たちの多くがまだ知らないその世界を、世界の美しさを見ること。それが八日目の蟬の存在意義であるという、これも台詞になっていた部分をこちらは映画的な美しさを持って描いてましたね。生きてこそ、だわ。 サスペンス要素は捨て、母性と生きる意味にポイントを絞ったのはなかなかよかったと思う。感情を安易に台詞にすることもなく、表情などから観客は彼女たちの行動の意味を想像する。希和子はなぜあんなおろかな行為に出たのか。薫もまたどうしてああも捨て鉢なのか。なんの答えも口にはされないけれど、きっと観た人には答えがわかるはず。 そして原作も読み終わりました〜。 感想_八日目の蟬
by april_cinema
| 2011-04-29 00:00
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