2013年 10月 19日
アイデンティティは自分で決める。『もうひとりの息子』10月公開。18歳になったヨセフは兵役検査を受けるが、その血液検査で予想もしないことが明らかになる。それは、自分は生まれたときに病院で取り違えられた子であったということ。自分の本当の親は、アラブ人だった。ユダヤ人としてテルアビブで育ってきたヨセフ。両親。そして自分と同じ立場である取り違えられた子、ヤシン。自分はいったい何者なのか。誰が自分を愛してくれるのか。土地と、歴史のはざまで揺れ動く家族の物語。 映画『もうひとりの息子』公式サイト 『そして父になる』と思いきりネタかぶり。違うのは子供が6歳ではなく18歳であること。そして、アラブ人とユダヤ人という歴史的対立が2つの家族を隔てていること。どちらかというと後者こそがこの映画における決定的なアイデンティティになっている。 当然、2つの家族は大きく混乱する。18年間育ててきた息子と、初めて会った本当の息子。その事実を受け入れられないそれぞれの父親。現実を見据え、どちらにも等しい愛情を抱き、注ごうとするそれぞれの母親。このあたりの構図は『そして父になる』と共通している。しかし、それを親子関係以上に複雑にしているのが中東問題。アラブ人はユダヤ人を土地を奪った者たちとして強烈に敵視する。ヤシンの父も、兄も、その気持ちが勝ってしまい、ヤシンと距離を置き、新しい息子ヨセフを受け入れようとする。ヨセフの父も混乱しつつ、どちらかといえばアラブ人である彼らに扉を開こうとする。このあたりも、中東関係の縮図になっているのかもしれない。もちろん極東の僕にはそのニュアンスは正確にはつかめないのだけど。 ヤシンはパリで学生生活を送っていたからか、自分の境遇を冷静に受け入れていて、どちらかというと揺らいでいるヨセフとの対比が印象的。ヤシンは自身のアイデンティティに揺らぎがない。異国の地でおそらく人種国境宗教を越えた生活を送っているからこそ、自分自身と深く向き合って来たからだろう。対してヨセフはラビからは線引きされ、みずからアラブの歌を唄い、とにかくどこかへの帰属意識が強く感じられる。属することによってアイデンティティを得たいと思いながら、しかしそれはもはや意味をなさないということを感じ始める。 最終的に2つの家族はゆるやかに融解する。どれだけ宗教的な対立があったとしても、個人と個人の間には憎しみはない。そしてそれらを超越した家族愛というものが確かに存在する。結局、血がつながっていなくても、別の民族であっても、18年間の絆を消し去ることはできないし、どんなに長く離れていても血で結ばれているということも言えるんだな。さて、僕はどうだろう。まさに僕自身、在日韓国人という立場に帰属することでアイデンティティを得ようとしていた。でも、真の自分はそんなもので作られるんじゃないんだ。僕は僕として生きるだけだ。そして何を残せるか。ちょっと個人的すぎるシンパシーですけど、そんな風に思えた佳作でした。静かだけどいい映画だったな。残るのは、『そして父になる』とはまた違う後味。両方観て、それぞれに噛みしめてほしい作品たちです。
by april_cinema
| 2013-10-19 00:00
| All-Star
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